以前書いたものですが少し手直ししました。
高校三年生の冬だった。
学校のストーブの周りに集まってけだるい時間を過ごしていた。
学校での主導権は下級生に譲ってしまっていた。
部活が終わり、生徒会が終わり、恋も終わり、友人関係も終わり、まるで青春が終わったような寂しさと虚しさを感じていた。
そして目の前に迫った受験や友との別れに怯える日々を過ごしていた。
いつも同じメンバーでいたので弾む様な話題はなかった。
「最近、酒田さん(仮名)が可愛くなったんちゃう?」
誰かがポツリとそう言った。
酒田さんはクラスの女子生徒で、真面目で大人しくあまり目立つ存在ではなかった。
私は話した記憶さえもない。特別美人ということもなく、意識をしたことの無い生徒だった。
勉強が特に出来る訳ではなかったがコツコツやっていた様で就職組ではトップクラスの松下電器(パナソニック)の本社に決まっていた。
「誰かに恋でもしてるんとちゃうん?」
少ししてから俺が何気なくそう言ったもののそれに突っ込んでくる奴はいなかった。
「誰やろ?」
そんな詮索に発展することもなく、また無言のけだるい時間が流れた。
2月になり、登校する機会がなくなったある日、担任から連絡網が回って来た。
「酒田さんのお父さんが亡くなり葬儀に参列する。14日に来るように。」
バレンタインデーだったがワクワクするような予定もなく、参列することにした。
酒田さんは別の中学で家は遠かった。住宅街にある小さなお好み焼き屋をやっていたが食べに行ったことは無かった。
クラスのほとんどが集まったが、同窓会の様な盛り上がりはもちろん無かった。
我が事の様な悲しさもまた感じなくてどこか他人事の様に見ている自分がいてそのことに違和感を覚えた。
あれから長い時間がたった今でも参列したときのことはよく覚えている。
周りの人にしきりに頭を下げるお母さん、遺影を持って黙ってうなだれる酒田さん、泣きじゃくる小学生の弟の3人の姿だ。
小さな店と家を見て『この店で家族を養うのは大変やったやろうな、それも出来なくなるお父さんは辛いやろうな』と思った。
その時は父親が亡くなるなんて我が事として考えられなかったのだが、遺された家族の姿を見て何とも言えない暗くて辛い気持ちになった。
同級生との会話をいくらもしないまま式が終わると家に帰った。「喫茶店にでも行かへんか?」と言うやつさえもいなかった。
その10日後の2月24日が高校の卒業式だった。
就職が決まった奴、進学が決まった奴、これから受験の奴、この日にクラスメイトの進路を確認しあうこともあった。
大きな声での会話や笑い声に満ち溢れて久々に楽しい気分になった。
友達同士で写真を撮りあった。何枚も撮った。
あまり喋ったことが無いような奴とも撮った。
「一生会わない奴がいっぱいいるんだろうな」
そんなことを考えながら沢山の同級生と写真を撮った。
「吉田君、一緒に写真撮ってくれる?」
話したことさえない大人しい女子が二人でやってきた。
「ええよ。」
特になんてこともなくそう答えた。
彼女らは私を促して教室から少し離れたところに行った。
そこには酒田さんがいた。
みんなで撮るのではなくて酒田さんと二人での写真だった。
微妙に距離を置いてポケットに手を突っ込んでぎこちなく微笑む俺がいる。
ニコニコした笑顔の酒田さんは後輩から貰った小さな花束を持っている。
何十年も経った今でも家のどこかにそんな写真はあるはずだ。
「これ、もらって。」
酒田さんから何かを渡された。
家に帰ってから開けてみるとチョコレートだった。
海賊ゲームの様な器にウイスキーボンボンが入っていた。
そこにはカードが添えてあった。
『10日遅れのチョコレートですが食べて下さい。』
そして短い詩が書いてあった。
窓の外の冷たそうな月を見てあなたを想う、といった内容だった。
『この人は頭ええなー』とバカみたいに思ったのが第一印象。
『お父さんが亡くなるってどんなにつらいんだろう。
そんなときも俺の事を考えていてくれたんだろうな。』
そんな風に思うと感動した。
もう会う機会はないのでお礼の電話をした。何を言って良いかわからくて、思いつきで「京都の嵐山に一緒に行こう」と誘った。
少しだけ口紅を付けてイヤリングをして来た。高校生の時からすれば「さすが社会人」という感じだった。
竹の中の小路でイヤリングが取れて笑いながら一緒に拾った。誰がどこへ進むといったクラスメイトの話題しか話すことがなかった。同じクラスにいたがほとんど接点がなかったので盛り上がる話しが出来なかった。
恋に発展することはなかった。何故2回目がなかったのかさえも覚えていない。
高校の卒業式はバレンタインの10日後で覚えやすいこともありこの時のことはよく覚えている。