障害者施設でボランティアをした頃の話し

sawch

2025年02月27日 07:48



一度ブログにアップしたものですが、ふと思い出したので少し手を加えて再度アップします。

20代の頃、大阪で市の広報誌にボランティア募集を見かけた。
「話し相手や遊び相手などでも良いので気楽に参加してください」と書いてあったので連絡してみた。
JRの高架下に小さな障害者施設があった。
8人程度の障害者が利用していた。
10代20代の若い人が多かった。職員と他のボランティアは親世代の人が多かったが、私は同世代だったこともあり意外とすぐに仲良くしてくれた。
障害の重い人が多くてほとんどが車椅子に乗っていた。会話のやり取りが出来る比較的障害が軽い人を受け持つことが多かった。
何度かボランティアに行ったが、おしゃべりと散歩の補助が多かった。
同年代の2人の利用者と親しくなった。
利用者の数に対して職員とボランティアの数が足りない日があった。
ただの散歩なので職員にとっては大した問題ではなかった。
仲良くなった2人の車椅子を私が1人で押そうと何故か3人で盛り上がった。
二台を横に並べて押そうとしたがまっすぐ進まない。
縦に並べてみた。
車椅子に乗る人に前の車椅子を押してもらい私がその後ろから押すという作戦だった。
何回かやったがこれもまっすぐ進まない。
車椅子に乗った人も私も一緒になって考えて、そして笑った。

食事の介助もした。
たくさん口の中に入れすぎてむせさせてしまった。
それでもみんな笑ってくれた。
明るくて楽しい人たちが多かった。

そんな利用者の中に私の事をお兄ちゃんと呼ぶ女性がいた。
彼女は他の障害者のリーダーというか姉貴的な存在だった。
車椅子には乗っておらず少し会話をするまでは知的障害があると気がつかないくらいだった。

「お兄ちゃん、うち、売れ残りやねん。」
彼女が突然そう言った。

「え?」

「うち、こんなんやから誰ももらってくれへんねん。」
「お兄ちゃんも結婚してるんやろ?」

「うん」

「うちは誰ももらってくれへんねん。」
「お兄ちゃんゆうてるけどうちの方が年上やと思うわ。」
「うち、三十やで。」

私は何も言えなかった。

「でもお兄ちゃん、いつも来てくれてありがとう。お兄ちゃんと喋れて楽しいわ。これからも来てな。」

あの彼女は今頃は立派な体格の大阪のおばちゃんになっているだろうか。

どこかで見かけてもお互いに気が付かない。
顔も名前も覚えていない。
でもきっとあの時の会話は覚えているだろうな。。。

写真はその当時の大阪城です。
そこから幾つか駅を行った所に施設がありました。



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