2025年04月06日
夜逃げ

小学生の頃、自宅のすぐ近くに資材置き場があった。
トタンの塀で囲まれた敷地に沢山の材木が立ててあった。
実家から100メートルほどしか離れておらず学校の行き来で毎日通る道沿いだったので様子はよく知っていた。
知らぬ間にクラスに1人の女の子がいた。
地味な子でほとんど誰とも喋らなかった。
いつ転校してきたのかも記憶にない。
勉強も運動も出来なくて影の薄い幽霊の様な存在だった。
服装はいつも手縫いの毛糸の薄汚れたものを着ていた。
私はその子の事は気にかける事はなかった。
クラスの新しい名簿を見て驚いた。
その子の家の住所が私の家と番地が僅かに違うだけだったのだ。学校帰りに番地を数えてみた。
『この資材置き場やろ?』と思った。
『こんな所に人が住んでるんか?』
周りをトタンの塀で囲まれているが以前からずっと資材置き場のままだった。
それ以来時々気にしてみたがやはり人の気配はなかった。
本人に直接聞けば良いのだがそれほどの関心もなかった。
しばらくすると担任が突然話した。
「このクラスから転校して行った人がいます。」
あの資材置き場の女の子だった。
結局一言も話しをしなかった。
クラスの中で話した人はほとんどいないだろう。
担任はどこへ行ったとも言わず、誰も担任に尋ねなかった。
本当にクラスに存在していたのかも疑わしい。
この世に存在していたのかさえ分からなくなった。
資材置き場の様子は何も変わっていない。
資材置き場には表札もないし、住所を書いたプレートもない。
しかし隣近所の住所のプレートの並びからしてやはりあの女の子の家はこの資材置き場だった。
人が住んでいれば物音はするし、夜は灯りが点くし、人の出入りもあるので気が付かないはずはない。
しかしその資材置き場は少し前もずっと前も、そして今も何も変わっていない。
仲間3人で資材置き場を探検することにした。
入口には太い鎖が掛けてあり大きな鍵が付いている。
しかし鎖の下から簡単に入る事が出来る。
ここまではずっと前から知っていた。
『資材置き場のどこに住むんや?』
これが一番知りたかった。
トタンの塀には板が立てかけられていた。
倉庫の様な所は壁がないが2階建てになっていた。
2階には壁がある。驚いた。
倉庫の階段を上って2階へ上るとプラスチックの箱やら太いコードやらホコリをかぶった様なよくわからないものが散乱していた。
隅っこには小屋がある。
扉には鍵がなかった。
中は暗かった。
『家や』と思った。
自分の家とはかなり違う。
私が知る誰の家とも違う。
汚くて貧しかった。
今の年齢になって説明するのなら農家の人が畑に作った作業小屋とか、登山の途中にある避難小屋の様な感じだ。
『ここに住んどったんや。』と確信した。
「あの資材置き場は誰々のもので、資材置き場はそのままで住む所だけを人に貸したら、そいつらが夜逃げしよったんや。」父に資材置き場の事を尋ねたらそう答えた。
「夜逃げしたんは同じクラスにおったヤツや」
そう言うと父は驚いた。
「子どもがおったヤツか」
町内会へ入れるとか入れんとかさえの話しもなかったらしい。
そもそも人が住む所ではないので父は夜逃げをしたと噂で聞いて初めてそこに人がいたと知ったそうだ。
そこに我が子のクラスメイトがいたと聞いて驚いていた。
Posted by sawch at 17:50│Comments(0)
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