2022年06月11日
登山での遭難

登山での遭難の報道を見る度に思うのですが、
『どうして山になんか行くのだろう?』
私は登山をするがそれでも思ってしまう。
命の危険を冒してする事はないだろう。
そう感じてしまう方は多いでしょう。
戸倉山や守屋山、霧訪山等の低い山は最近は大人気で地元民だけでなく全国各地から登山者が来る。登山道を歩いた感じでは危ない所は無いと思う。
それでも平日等はほとんどの時間は人と会わずに歩く事になる程度の混雑だ。
空木岳等の100名山と呼ばれる山はさらに人気だが歩く時間が長いので人と会わない時間が多くなる。
そうなればどこかで道に迷う危険が増える。
道に迷うと登山道では無い獣道だったり道かと思ったが途中からは何も無い様な林を歩く事になる。
戻れば良いが迷っているのかもわからなければ、
あと少し行けば良い道に出るかも?と進んでしまう。
滑りやすく滑落しやすい。
登りは迷いにくいが下りは迷い易い。
疲れもある。
少し迷うとすぐに時間が経って暗くなる。
里山を登る時は照明や防寒着を持たない事が多い。
自宅の近くを散歩するのとそれ程変わらない気軽さで歩く事が多い。
厳しい山では幾分装備と緊張感は増えるが私の場合だが遭難は想定しない。
この気持ちが遭難の第一歩だろう。
登山届を出して、雨具、防寒具、等の装備を持ち、スマホアプリや地図を持つ。
その時に遭難を想定して持つのか想定せずに持つのかで差が出る様に思う。
事前に他人の登山記録を読む等して準備することも遭難を想定するなら真剣にやる。
私の様な人間は危ない。
何とかなるやろ。
経験を積むということは何とかなる、ではなくて危険が想定出来てしっかりと準備することだ。
わかってんねん。でもな〜どうしても、、、
何とかなるやろ、と楽観的な自分がいる。
ビビりの人は遭難しにくいだろうな。
ビビりを目指そう。