2022年06月30日
昭和の大阪はずっと暑かった

夏休みは中学のプール開放があった。
午後の一番暑い時間をプールではしゃぎまわった。
飲む水と言えばプールの水位で水筒を持って行くこともせず水道の水さえ飲まなかった。
帰り道はアスファルトが燃えていた。
陽炎(かげろう)と言うのだろうか、
上昇気流がモヤモヤとしている。
吹きでる汗がアスファルトに落ちてすぐに乾く。
風は全く無い。
何故か暑ければ暑いほど燃えるタイプの子供だった。
何に燃えていたのだろう?
一学期が終わりに近づくこの時期はジメジメとしてさらに暑かった。
朝礼では校長先生の長い話しが炎天下でも容赦なく続く。
前に並ぶ生徒が突然倒れ込む。
慌てて避ける。
先生が日陰に運ぶ。
明治生まれかも知れない校長は知らん顔して話しを続ける。
教室は40人以上の生徒で息苦しい。
制服のズボンの裾を巻き上げる男子生徒。
自分のスカートの上から股の所を下敷きで扇ぐ女子生徒。
俺が燃えていたのはこれだったのか?
燃えていたのではなく、萌えていたのかも知れない。
それを冷ます為に夏休みになるとプール開放に行った。
さらに燃えたのは暑さだけでなく女子生徒の存在もあったのかもしれない。
気温の問題ではなくて昭和の少年は暑かった。