2023年05月16日
入院患者から薬剤師へ

彼は中学の頃は運動部に入って普通に生活を送っていたが高校生になり原因不明の病で歩くのが困難になった。髪の毛は抜け落ち、杖をついて生活をしていた。学校は休みがちで友達はなくて終始暗い顔で必要以外は何も話してはくれなかった。
彼の家に家庭教師に行くのはしんどくて時間が過ぎるのがとても遅かった。お母さんはいつもさっきまで泣いていた様な顔だった。
「学部を決めないといけないんですけどやりたい事が何もないんです。」
入院していたから自然と浪人生活を送っていた彼はようやく進路を考える様になった。
一時は命の危険さえもあった。
「公務員なんかどうでしょうか?人と関わらない仕事が良いんです。」
ニコリともせずにそう言う彼に私は言った。
「市役所へ行ってみ。カウンターの中にいる職員がすぐに声をかけてくれるぞ。職員同士でも打ち合わせとか相談とかせなあかんし、電話も取らなあかん。めっちゃ人と関わってるわ。」
「それはダメですね。」
「営業したら?」
「絶対にダメです。俺は絡まれやすいんです。」
「入院してた時も名古屋の怖い人が隣りでずっと喋りかけて来るんです。」
何故かその話しの時は笑っていた。
「薬剤師なんかどうでしょうか?」
「研究室の隅っこで試験管をいじってるイメージやろ?」
「全然そうじゃないよ。ドラッグストアでレジ打ってたおっさんは薬剤師の名札をつけとったで。」
「営業やれば?」
「絶対にダメです。」
その時だけは嬉しそうだ。
薬学部を目指す事になった彼は体力も学力も足らずに何度もくじけた。
入院や痛みで勉強が出来ない事もあった。
「エエやんか、営業やったら勉強せんでもエエよ。俺みたいに。」
「絶対にダメです。」
何故かその話しだけは受ける。
「俺をめっちゃ否定するな〜」
「否定してません。怖い人が苦手なんです。先生も先生じゃなかったら怖いです。」
彼の笑顔は滅多に見られない。
数年後、偶然スーパーでお母さんに会った。
「昨日息子から写真が送られてきました。」
「友達と朝まで飲んでいたとかで朝の5時に送って来たんです。」
写真には酔っ払いが何人か居酒屋で座っていた。
「先生に見てもらえて嬉しいです。」
お母さんはそれだけでうるうるしていた。
薬学部に進んだ彼の足は完治はしてないが杖が無い生活を送っているらしい。
さらにその数年後だ。
長野県内の大きな病院に薬剤師として就職が出来て、若手の彼の仕事は入院患者に薬の説明をする事らしい。
めっちゃ人に関わってる。
それからずっと経って彼の家の庭にいるお母さんに声をかけた。
「たった今までココに来てたんです。呼びましょうか?」とスマホを取り出す。
「いえいえ、すぐに行かないといけないんで、」
結婚して子どもが産まれたらしい。
お母さんはめちゃくちゃ笑顔で、マシンガンの様に話してくれた。
今も薬剤師として働いて家庭を持ち、家を建てて暮らしているらしい。
営業ならコツを教えてやれるが、彼には不要だと私もやっと感じた。
「」